【訃報】空手家 黒澤浩樹さんが54歳という若さで死去!死因は急性心不全。リハビリ中のことで残念。

今月25日、聖心館空手道館長の黒澤浩樹さんが亡くなっていたことがわかりました。

聖心館の公式フェイスブックで公表され、衝撃が走りました。

死因は急性心不全。
54歳という若さで亡くなられました。

ご冥福をお祈り申し上げます。

現在は遺骨を道場に安置し弟子達の稽古を見守っているそうです。

今回は、レジェンド黒澤さんをまとめたいと思います。

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黒澤浩樹さんのプロフィール

通称:ニホンオオカミ、格闘マシーン
生年月日:1962年9月6日
出身地:東京都
身長:174cm
体重:88kg
スタイル:極真空手
学歴:東海大学工学部卒

極真空手に入門し、数々の功績を残した黒澤さんですが、空手のみならずPRIDEやK-1などなど
ジャンルにとらわれず、異種格闘技戦でも活躍してきました。

ちなみに、幼少期はヴァイオリンを習っていたそうで、まったく想像もできない姿ですよね。

黒澤浩樹さん死去の報告

黒澤さんは25日には亡くなられていましたが、聖心館の事務局長である黒澤弘美さんが29日にfacebookにて「訃報」と題して投稿しました。
なぜ、報告までに時間が空いたのかというと、本文にも説明がありますが、「黒澤浩樹の性格を察し、密葬を内々で行い荼毘に伏しました。」ということだそうです。

facebookに投稿された全文は下記になります。

「訃報」

突然の御挨拶失礼申し上げます。去る3月25日、聖心館空手道館長・黒澤浩樹が急性心不全のため他界いたしました。格闘家として万全な状態で自身の更なる精進と精度を高め、そして愛弟子達に最高の指導をすべく、昨年膝の手術に挑みました。その後は一刻も早くの復帰をとリハビリに勤めて参りました渦中の突然の出来事ありました。そばで快復に向けて日々心血を注ぐ黒澤浩樹の姿を見ておりましただけに残念で仕方ありません。本来であれば早くお知らせをしなくてはならないとは承知しておりましたが故人の自分にゆかりのある黒澤浩樹が愛してやまない方々のお気持ち、黒澤浩樹の性格を察し、密葬を内々で行い荼毘に伏しました。現在は遺骨を道場に安置し弟子達の稽古を見守っています。前日まで気丈にリハビリの渦中でありながらも指導を行っていただけに、師を失った弟子達も悲しみにくれておりますが、黒澤浩樹の格闘に対する魂を受け継いだ弟子達は黒澤浩樹が生きていた時と変わりなく稽古をしております。現在、まだ詳細は決まっておりませんが、道場の師範代達と相談をし黒澤浩樹とのお別れ会を執り行えたらという所存であります。また詳細など決まりましたら、御連絡させていただたらと思っております。この様な形での御報告になり、至らない事ばかりで大変申し訳ありません。

黒澤浩樹を愛してくださったすべての皆様に感謝申し上げます。
押忍

黒澤弘美

この文面からしても誰もが予想だにしない死去のようですね。
お弟子さんたちもさぞショックだったでしょう。

黒澤さんの戦歴

・オープントーナメント全日本空手道選手権大会では1984年11月に初出場初優勝、1985年準優勝、1993年6位

・オープントーナメント全世界空手道選手権大会では1987年6位、1991年3位、1995年6位

・オープントーナメント全日本ウェイト制空手道選手権大会は1987年準優勝、1993年3位、1995年3位

・1997年にPRIDEに参戦

・2000年にK-1に参戦

上記のように多くの大会で好成績を残し、知名度も広がりました。
また、黒澤さんの格闘スタイルは、試合中に薬指の開放骨折をしても、ドクターストップされるまで戦い続けるような一心不乱に攻め続けるスタイルであり
誰もが心打たれるよ戦いぶりなのも人気の理由でした。

“ニホンオオカミ”や“格闘マシーン”の異名がついたのもそういった格闘スタイルであったためです。

黒澤浩樹さんの武勇伝

黒澤さんには武勇伝がたくさんあります!
いくつか記載しますのでご覧ください!

・試合中に薬指の開放骨折をしていたが、ドクターストップされるまで戦い続けた

・手の骨が折れて皮膚の外に露出してしまってもまるで意に介さないかのように戦い続ける

・身長203センチメートル、体重130キログラムのイゴール・メインダートと対戦中、1Rで右膝十字靱帯断裂を負うも、そのまま試合を継続し3Rまで粘った

・相手の脚を下段回し蹴りで折ってしまい、16万円の慰謝料を取られた事がある
(それ以降、試合で下段回し蹴りを出すと、道場の仲間達が「16万!」と叫んで彼をからかう)

などなど、他にもいくつか武勇伝はあるようです。

最後に

1998年に黒澤道場を設立し、自分が引退した後は、第二・第三の後継者を生むべく、指導に尽力してきた黒澤さん。
2016年から膝の手術を受けてリハビリ中だったことを考えると、膝をしっかり治して抜かりない指導をしようと考えていたのではないかと思います。
亡くなられる前日も稽古に来ていたということですからね。

とても惜しい人を亡くしたと思います。

今回、報告を投稿した黒澤弘美さんは奥様なのかどうかは不明ですが、もしそうだったのであれば
一番悲しんでいるのは彼女でしょう。

弟子たちが成長することでこの悲しみも報われることでしょうから、これからもみんなで頑張っていって欲しいですね。

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